AUTHOR: midorikawa TITLE: %%まえがき「序」 CATEGORY: その他 STATUS: publish CONVERT BREAKS: 1 DATE: 01/01/2010 13:00:00 ----- BODY:  遥か人智を超えるほど昔、我等が万能なる主神ネルピアは、父神ソーンと母神シャールを作り出した。二人は様々な神々を産み、永遠と思える平和を貪っていた。しかし、二人の子ラトゥールは権力の支配に目覚め、二人を弑て自ら取って替わろうとする。だが、二人とその子達の前にあえなく果てた。二人はラトゥールの骸を以て神界よりさらに下の世界を築き、そこに原始の人、四大精霊を産み出したが、ラトゥールの悪しき子等によって原始の人は滅せられてしまう。神々はその悪しき邪神の血を引く者を討ち滅ぼす傍ら、精霊達に命じて再び世界の創造を行なわせた。  精霊達は原始の人の骸より古代神人を作り、父母神はそれに祝福を与えた。その古代神人と精霊との交わりによって亜人類が生まれ、天地創造はうまくいったかのように見えた。しかし、長年に渡る邪神との戦いは、父母神の子等に影響を与え、泉の女神リベラの双子の姉、サスペルを初めとして数多くの神々が悪しき者と化した。ここで神々同士の熾烈な戦いが始まった。邪神に惑わされし神々を打ち破ったものの、父母神も傷つき、その子等のほとんども敵の刃に倒れた。その戦いより「死」が始まり、輪廻転生が始まった。そしてまた、神々は休息のために自分の世界に戻った。以上の三つの世界を、神界、精霊界、妖精界と呼称する。  古代神人は精霊達の築き上げた、さらに下の世に逃げ《栄華時代》と呼ばれる一大文明を築き上げるが、やがて自分達の世界に「神の世」を築こうとして失敗、力の暴走をもって報われた。この際様々な知識が失われた。  わずかに残った古代神人の末裔は、再び結集し、失われた知識の再構築を行ない、再び《栄華時代》の力を求めた。この文明を《華燭時代》と呼ぶ。妖精族をも支配する力を誇った人類も、やがてその反発を受け二度目の滅びを迎える。しぶとく生き残った人類、その築き上げた今の世において、この物語は始まる。 ----- -------- AUTHOR: midorikawa TITLE: %%プロローグ CATEGORY: その他 STATUS: publish CONVERT BREAKS: 1 DATE: 01/02/2010 13:00:00 ----- BODY:  ――ピチョン。  いくつもの水滴の垂れる美しい響きが、辺りの闇と静寂に吸い込まれるようにして消えていった。闇といっても完全な暗闇ではなく、所々に生えて微かな光を発している地衣類のおかげで辺りはおぼろげに見る事が出来る。そこは、常に湿っており、昼も夜もない、地の底の世界である。  大人が二人、並んでやっと通れるような狭い通路である。通路とは言っても、ほぼ一定間隔にある木製の支柱を除けば、なんら普通の洞窟との相違を見いだす事はできないような代物であった。  今、この通路の片側から、弱々しいがはっきり光とわかる物が、微かな足音と共に近づいて来た。力強く、自信に満ち溢れている若者の足音だ。そして、足音は通路が一部広くなっている所で止まった。金銀の装飾が施され、一目で高級品と分かるランプの明かりを受けて、通路の壁や天井の岩石は本来の茶色っぽい色を取り戻していた。この明るさの中で、まだ闇の色を残している物体が五つあった。よく見ると、人が黒い服を着てうずくまっているように見える。  その五人の前で、若者は足を止めていた。彼は、 「よい。面をあげてよく聞け」と声をかけた。その声を機に、その闇色の5人の人間は頭を上げて、若者を見つめる。五人共、鷹のようなするどい目をしている。  若者は、彼ら全員を軽く見回してから言葉を続けた。 「お前達は賢明だよ。将来の国王に忠誠を尽くそうとするとはな」  黒づくめの連中は、頭を下げて忠誠の意を示す。 「確かプラルト黒衣団では、お前達団員が反乱や裏切りを行った場合、死をもってこれを償わせるそうだが……」言葉を切り、五人の表情を伺うが、厳しい訓練の賜物だろうか誰一人表情を変えない。そんな彼らを見て、 「安心しろ。お前達が工作活動を行うのは、クーン王国だ。別に裏切りにはなるまい」と、ニヤリと白い歯を見せた。 「まあ、成功報酬と将来の安全が手に入るのだからなあ。今現在の危機など安いものかもしれんな」  人が悪い、と形容をするには皮肉のスパイスの効き過ぎていることを言ってから、若者は急にまじめな顔に戻った。 「とにかく、この任務の内容や、危険性などは分かっているはずだ。今さら言わんが……。もし、この仕事を降りたい奴がいたら申し出ろ。これが最後のチャンスだ」  黒装束の連中は、誰一人として立上る気配すらない。彼らの答えに満足した若者は、 「さて、それでは最後の確認も終わった事だし、頑張って任務に励んでくれ。もっとも、クーンの王宮の中をそんな格好で歩いていたら、一発で見つかってしまうだろうがな」  若者はそう言って、ほんの一瞬表情を崩したが、再び真顔に戻った。 「よし、いけ!」  五人の男達は音もなく立ち上がり、若者の現れた方とは反対側の出入口へと静かに走り出した。たちまち闇に溶けて見えなくなる。  彼らの消えていった方向を眺めていた若者の顔に、一瞬あざけるような表情が浮かんだ。そしてしばらくそのまま立っていたが、ゆっくりと元来た道を戻り始めた。 「――さて、次はスクリアか」  若者は唇をなめた。 ----- -------- AUTHOR: midorikawa TITLE: CATEGORY: 第1章 小さな反乱者 STATUS: publish CONVERT BREAKS: 1 DATE: 01/03/2010 13:00:00 ----- BODY:     1 「だから頼んでいるんじゃない。一緒に手伝ってちょうだいって」  風に舞う薄茶色の髪を、慌てて片手でなでつけながら、そばにいる少年に問い掛ける。 「ターシャ。僕は止めた方がいいと思うよ」  少年はそう返事を返す。麻糸で織られた短衣に、薄紫の外套を着ているターシャと呼ばれた少女は、もう聞き飽きたわ、その言葉、と言うと、自分も少年と同じように草むらに座り込んだ。心地良いそよ風が梢をくすぶり、奇麗な色になった葉を落としている。ターシャは再び切りだした。 「アルグ、あなたも知っているでしょ。あの領主が私達から余分に税を取って、貯め込んでいるのを」 「そりゃあ、僕だって知っているよ」 「だったら、なぜあの男を懲らしめるのを手伝ってくれないの?」ターシャはここぞとばかりに懇願した。髪の色と同じ色の瞳は、周囲の森とよく調和している。そんな円らで美しい双眸に見つめられたアルグは、複雑な感情に捕らわれて視線を外した。そして、 「まだ方法も考えていないのに?」と尋ねる。 「仲間もいない内から計画を立てたって意味はないわ。人数や能力によっても色々と計画だって変わるでしょう」 「でも、大体決めてあるんだろう?」  ターシャは、いたずらっぽい微笑を浮かべた。やや大きめの瞳が、感情を豊かに表現している。見ている者が飽きることのない、元気よさがあった。 「もちろん決めてありますわ。だけどあなたが密告しないとは限らないし、仲間になってくれるなら詳細を話します。それまでは、おあずけ」  諦めたようにアルグは草の上に寝っ転がった。ぼんやりと雲の動きを目で追いながら、一言二言何かを呟く。  ここは村の側の森の入口に近い所なので、村よりも少し高い位置にあり、熱心な信者の村人が村の外れにある小さな神殿へと向かっているのがよく見える。ああ、そう言えば今日は祝日で礼拝が行われる日だったかしら? と、およそ熱心な信者らしからぬ事を考えてから、ターシャもごろりと横になった。  ――しばらくの間、時は静かに流れていった。  やがてアルグは上体を起こし、深く溜息をついてから、 「負けたよ。手伝おう」と承諾した。 「ありがとう。いつも」  ターシャも起き上がり、アルグに微笑みかけた。 「いえいえ。どうせ僕がやらなくても、君は一人ででもやるつもりだろうしね。いくつになっても頑固なんだから」たまにはやり返してやろうと、アルグは言った。 「なあに、その言い方? それに……」 「それに?」 「レディーに歳がどうとか言うものじゃなくってよ」  澄ました顔をして、ターシャは軽くアルグの手の甲をつねった。 「おいおい、それはないだろう」アルグは顔をしかめる。 「あら、キスの方がよかったかしら?」  ターシャの言葉にアルグは顔を赤らめながら下を向いた。 「それじゃ、キスは後にして今は謝っとくわ。ごめんなさい」  ターシャは無邪気に笑って、親友の肩をたたいた。 「なにもいつも僕ばかりからかう事ないだろう」アルグは口を尖らした。しかし、これ以上何を言っても勝ち目がないと思ったのか、急にまじめな表情を作り、ターシャに尋ね る。 「とにかく、話を進めよう。君の案を聞かせてくれ」 「そうね、ぐずぐずしていたら日が暮れてしまうわね」ターシャもまじめな顔に戻る。  朝早くから二人はここにいたが、いつの間にか日もだいぶ高くなっている。村の家々から、朝食を調理する白い煙が上がり始めた。 「簡単よ。すでに税の徴収はおとといで全部終わったわ。だから、今週中には荷造りして首都ナバードに輸送される筈でしょう?それを奪っちゃえばいいのよ」事もなげにターシャは言った。一瞬アルグは唖然とした。税の荷を横取りするって? 「無茶だ」アルグは叫んだ。「うまくいくはずがない。考えれば分かるだろう? 相手には警護もつくし――」 「あの領主が金をかけて傭兵でも雇うとでも思う? ここはナバードに比較的に近いし、第一、あのけちんぼが金をはたいてまでして警護に力を入れるとは思えないわ」 「そうじゃない。税を横取りするとなると、つまり国王陛下に弓を引く事になるだろ」  そうなると、程度によっても違うが、軽くて国外追放、重ければ――死刑である。アルグの背筋に寒気が走った。 「その通りよ。だけどあいつもただじゃすまないでしょう?」  ターシャはさらりと答えた。きちんと村を治めてくれていれば、多少余分な税をとっても悪くない。だが、昼間っから酒を飲んでばかりいて、まともに領主としての仕事をしないような奴に、重税を課されるのは頭にくる。 「でも……、もっとおとなしい方法はないのかい? 例えば、国王に直接直訴するとか」 ターシャのやり方は、一番効き目があるだろう。しかし、失敗すればどうなるか知れたものではなく、また、温和な性格のアルグとしては、今一つ賛成出来なかった。 「自分の配下が悪政を行っているのを知らないような国王に、うまく事を処理出来るわけはないわ。それに――――」ターシャは口篭もった。 「それに?」アルグが先を促す。 「私は来年、十七歳になるわ」 「あれ、歳については言わないんじゃなかったのかい?」アルグが口を挟んだ。 「黙って聞いて。――――あなたもそうだけど、 歳になると、どんな仕事につくかを決めなければならない。私はねえ、しばらく旅に出て、もう少し魔術について学びたいの。このまま村にいて、だれかと結婚するのもいいけれど、もっと世界を知りたいのよ」  一言一言、自分自身にも言い聞かせるように、ターシャは語った。 「世界を、ねえ……」アルグは繰返した。「だから、国外追放されても平気だし、どうせ出ていくならば村の人々の役に立ってから出て行きたい。というわけか……」 「ええ。英雄になっても逆賊になっても、どちらにしろ村には住みにくいでしょう?」  ターシャが相槌をうつ。 「それじゃあ、僕はどうなるんだい? 僕だって十七歳だし、世話になっているネティーさんの後をついで、ニトルシアの王に仕えようかと考えているこの僕は?」  アルグは呟くように言った。ターシャは、ためらいがちに、 「ねえ、アル。もし良かったら一緒に旅にでない? 女一人じゃなにかと心配だし……」とアルグを誘った。ついつい伏目がちになる。  どうしようか、とアルグは悩んだ。この村を出て首都ナバードに行き、ニトルシアの聖騎士なり何なりになって、それから………。それからどうする? ターシャのいない村なんかに帰って来てもしょうがないじゃないか―― 「乗りかかった船だ。一緒についてくよ。地獄の果てまでも」  ターシャは、黙ってアルグに唇を近づけた―――― ----- -------- AUTHOR: midorikawa TITLE: CATEGORY: 第1章 小さな反乱者 STATUS: publish CONVERT BREAKS: 1 DATE: 01/04/2010 13:00:00 ----- BODY:     2 「そこまでだ、二人共。ニトルシアに対する反逆の罪でこの私が成敗してくれる!」  二人の唇が触れる寸前、太い男の声がだしぬけに森の奥から響き渡った。ターシャもアルグも驚いて立ち上がる。おやおや、どうやら計画倒れのようだね、とアルグは小声でターシャにささやきながら、ターシャとの間隔を開けて、魔法を唱える準備をし始めた。 「誰? 村の人?」ターシャが叫んだ。男からの返事はない。「もし村の人間なら知っているでしょう? この村の領主が村人に重税を課し、自分はその一部を貯め込んで遊んで暮らしているのを」  辺りの様子を伺うが、この森は常緑樹が多く森自体も大きいので、姿は見えない。 「たった二人で、しかも見た所、剣の使い手がいないのにどうする気だ。いくら遊びほうけている領主でも、お前らなぞ簡単に殺られてしまうぞ」再び男が言った。  右の茂みだ。アルグはターシャに合図して、二人でゆっくりとその茂みに近づく。 「黙って指をくわえて見ているよりはましよ」ターシャは、懐にしのばせている短剣に手を忍ばせた。眠りの呪文を唱えているアルグの呟きも聞こえる。 「何にしろ領主に背くとは、すなわち王に逆らう事だ。分かっているんだろうな?」  余裕のある自信たっぷりの声だ。悪いけど、しばらく眠っててもらうわ、とターシャは無言で男に答える。 「まあ、死刑だろうな。若い命を粗末にすることもないのになあ。もっとも、そっちの元気のいいお嬢ちゃんの方は、奴隷商人にでも売り飛ばされるかもしれんが」  なにがお嬢ちゃんよ、とターシャはかっとした。しかし自制する。   そして、アルグの呪文の唱え終わる頃合を見計らって、男に告げた。 「残念でした。私達二人共魔法が使えるの。だから、剣士がいなくても勝てる自信があるのよ。悪いけどしばらく眠ってもらうわ。――アルグ!」 「今彼の地に安寧の眠りをもたらさん!」  間髪をいれずにアルグの古代語の詠唱が完成した。眠りを誘う呪文だ。茂み付近の空気が霧のように変化して漂う。  彼の眠りの魔法でも、半日は持つ。それまでに事を済ませないと……。 「急ぎましょう、アルグ。時間がないわ」  ターシャが森を出ようとふりむいた。そして、その正面の大木を見て絶句した。 「そ、そんなはずは……」  彼女はうめいた。ターシャの見たものは、木に寄りかかって腕組みをしている騎士の姿だった。硬革鎧を着込み、腰に中型の剣を差している。焦げ茶色の髪に少し白い物が目立つが、まだ三十代半ばといったところか。顎に伸びる髭にもいくらか白い。その騎士は二人を値踏みするような目で見ている。  ターシャの気持ちを代弁するように、アルグは叫んだ。 「馬鹿な! 確かにあの茂みから声が聞こえて来たんだぞ。そいつがどうして――」 「ここにいるのか、か? まだ若いな。俺がなんで、わざわざお前らに居所を教えなきゃならないんだ?」その騎士が口を開いた。落ち着き払っている口調だ。「居場所を知られた上に、若者二人相手に戦って、勝てるほど自信はないしな」  そういう割には口元が笑っている。  一体どうやって?アルグは困惑した。混乱しながらも、ローブに忍ばせてあるショート・ソードに手をやる。そして、後ろ手に剣が見えないように両手で構えた。  同じように短剣を手にしている若い娘に一瞥をくれてから、騎士は男の方へ注意を向ける。そして、アルグの頭の天辺から足の爪先までを睨め回した。 「ほほう、なかなか良い構えをしているな。見た所、ニトルシアの騎士のに似ているようだが……」騎士の言葉が終わらないうちに、アルグが地面を蹴った。きれいな弧を空中に描きながら、剣を正確に騎士に向ける。同時にターシャが短剣を投げ付けた。  騎士は眉一つ動かさずに、ターシャの短剣を腕に巻き付けてあるベルトではじき、鞘を付けたまま剣を抜く。 「てやあ!」  落下して来るアルグを、鞘を付けたままの剣で腹を突いた。剣が短い分、アルグの剣は空しく宙を切る。 「ぐふっ」  突かれた反動で態勢を崩し、アルグは背中から落ちる。気絶したのか起きあがらない。  その短い間に、騎士ははじいた短剣を素早く拾いながら、ターシャの背後に回った。二発目を投げ付けようと短剣を手に持ったその時、既に後ろを取られている。なす術もなくターシャの首筋に短剣が突き付けられた。 「そんな……どうして!」あまりの素早さでターシャは呆然とした。――こんな人相手じゃ何人私達がいても勝てっこないわ。  そんな気持ちを見透かしたように、騎士は言った。 「人間、自分の実力に自信を持ち過ぎる事もある。特に若者はな。お前達はこの俺の事をこの辺の自警団かなにかと思い込んだらしいが、それが間違いだ」  騎士は息一つ切らしていない。ターシャの身体から抵抗する気力が失せてゆくの感じて取ってから、騎士は短剣を首から外した。ターシャは思わずへたへたっと座り込んだ。  アルグを介抱しようと、倒れている所へ向かっていく騎士の後ろ姿をぼんやりと目で追っていたターシャは、ふと気がついた。あの鎧、今まで気がつかなかったけど、獅子のマークがついている……。鞘にも描かれているあのマーク、もしかして―― 「クーン王国衛尉隊!」ターシャは叫んだ。  ターシャの疑問は氷解した。クーン王国衛尉隊――近衛兵に次ぐエリート集団。位が上がれば剣術だけでなく神聖魔法も習うと聞いている。あの茂みの声は魔法によるものだ。そして、あの素早い動きといい、アルグの構えを一目で見破った目といい、一流の騎士ならば当然である。 「ほう、少しは知っているのか。俺の名はゴートン・ラッツモース。クーン王国の衛尉隊で、小隊長をやっている。よろしくな」 「はあ……」ターシャはこくりと頷いた。「それで、そのクーンの騎士さんが私たちをどうするつもりなの?」 「別にどうも出来ないさ」アルグの顔を平手で何度か叩きながら男は答えた。「俺はこの国の兵隊じゃないからな」 「え?」突拍子もないことを言われてターシャは目を丸くする。 「さっき村の人間がどうとか尋ねてただろう。俺は正確にいえばこのラバード村出身の人間だよ。先月、十数年ぶりに暇をもらってな。こうして故郷に戻ってきたのさ」  うーん、と呻いてアルグが身を起こした。まだ痛そうに腹をさすっている。 「それじゃ、さっきのは? 捕まえるとかっていうのは何だったの?」ターシャはゆっくりと立ち上った。膝や外套に付いた土を手で払いおとす。 「話をちょいと聞いている内に、嘘にしては真剣だったからな。本気でやるつもりかどうか試してみたくなって、ちょっと言ってみただけさ。もし冗談なら笑い飛ばすだろうし、本気なら逃げるなり戦うなりするだろう?そして――」 「私たちは戦いを挑んだ……」ターシャはゴートンから短剣を受け取り、ベルトにしまいこんだ。「つまり、自分から白状したってわけね」 「あーあ、結局計画倒れか……」アルグが座り込んだまま呟いた。 「何を二人して落胆しているんだ? やる前からそんな気力じゃ失敗するぞ」 「それじゃ、ラッツモースさんは――」 「ゴートンとよんでくれ。俺はもうこの村とは関係はない。それにお前らだけじゃ心配でしょうがないからな」ゴートンはアルグに手を貸して、立たせた。「手伝ってやるよ。人手がいるんだろ?」 「ゴートン。あなたは法と秩序を守る騎士じゃないんですか!?」  アルグの非難を無視して、ゴートンはターシャに尋ねた。 「――さてと、詳しい計画を伺いましょうか? お嬢さん」 「やってみなきゃ分かんないものよ」ターシャはアルグに向かって片目を瞑った。 ----- -------- AUTHOR: midorikawa TITLE: CATEGORY: 第1章 小さな反乱者 STATUS: publish CONVERT BREAKS: 1 DATE: 01/05/2010 13:00:00 ----- BODY:     3  とん、とん。 「お入りなさい」もの静かな老女の声がした。  ドアが開く様子はない。老女は羽根ペンをおき、ドアの方に目をむけた。 「お入りなさい。ターシャ」  何かあると、いつもこれだわ、と老女はちいさくつぶやいた。そして、仕事用の椅子から立ち上ってドアへと歩み寄った。  所々に金色の刺繍が施されている真っ黒なローブを着込み、深々とフードをかぶっているその姿は、まさしく魔術師そのものといった雰囲気である。  老女が取っ手に手をかけた。ぎーっと軋みながらドアが開いた。  外の廊下には、ターシャがいた。まるでいたずらを見付けられた少年のように、うつむき加減で立っている。 「どうしたの?お入り」老女が優しく問い掛けた。  この老女の名はウル・カ・ソーン。ラバードの占い師ウルといえば、このニトルシア中で知らぬ者はいないという。ターシャは幼い時からこの老女の下で暮らしていた。 「おばあさま。お話があります」ターシャは顔を上げてまっすぐウルを見つめた。 「なんです? また昔みたいに男の子をいじめて泣かしたのですか」 「おばあさま、それはないでしょう。そのおてんば娘も、もう なのですよ」 「そうでしたね。年を取ると忘れっぽくなってね」  ウルは、悪戯っぽい笑いを顔に浮かべた。それにつられてターシャも微笑みかけたが、あわてて表情を引き締めた。それからターシャは、ウルの目をまっすぐ見つめ、自分の迷いも一緒に吐き出してしまうような口調で言った。 「しばらくお暇をもらいにやってきました」 「ほう。……それはまた急な話ですね。どういう魂胆なのです?」  いきなり重大な話を切り出されても、さして驚いた様子を見せずにウルは言った。 「実は――――私、しばらくこの村から離れたいのです」 「おやおや。そんなにこの私が嫌いですか?」 「いえ、そんなわけでは……」  ふうん、と小さく口の中でつぶやいてから、ウルは部屋の隅に置かれている自分の愛用の椅子へと歩き始めた。 「とにかく、お座りなさい。突っ立ったままじゃ疲れてしまいますよ」とターシャに声をかけてから、よいしょ、と椅子に腰掛けた。大きな揺り椅子なので、椅子に座り込まれている、と言った方が適切な表現かもしれない。  ターシャはしばらくためらっていたが、入口近くの来客用の椅子に腰掛けた。  ウルは、自分の愛しい養女が落ちつくのを見計らってから、再び質問した。 「お前はこの小さな村で、結婚し、一生を過ごせるほど大人しい娘ではないようですね」老婆はテーブルの上で腕を組んだ。「――ターシャ。その考えがあなた自身の物であるなら、私は止めません。自分の好きな道をお行きなさい。この老婆にあなたを引き止める権利はないでしょう」 「……はい」堅い表情のまま、彼女は答えた。  何か自分のやるべきことを見つけたようですね、とウルは心の中でターシャに問い掛けた。おやりなさい。こんな小さな村にいては、決して出来ないことも多々あるでしょう。「さて――」椅子から立上り、ターシャの方へ近付きながら、老婆は尋ねた。「あなたはお別れを言いにだけ、ここに来たのですか?」  ターシャは、ウルを真っ直ぐ見つめていたが、やがてその視線を外す。 「……いいえ。それだけです」 「そう。これでしばらくお別れですね」  黙ってターシャは老婆に抱き付いた。しっかりと、まるで迷子になっていた子供が、やっと出会えた母親の温もりを記憶に焼付けようとしているように――。  ウルは、微笑みながらターシャの耳もとでささやいた。 「可笑しいわよ。お前のような娘が……」 「ごめんなさい。いつも勝手なことばかりして……。ごめんなさい」  ターシャは、小さく呟いた。  そこには、さっきまで元気よくアルグを説得していたお転婆の姿はなかった。  そして、ターシャは、心の中でこう付け加えた。  ありがとう、おかあさん……と。 (以下省略) ----- -------- AUTHOR: midorikawa TITLE: CATEGORY: 第2章 捕らわれの女 STATUS: publish CONVERT BREAKS: 1 DATE: 01/06/2010 13:00:00 ----- BODY:     1  夜空が光った。  見渡すかぎりに続く山々。その中でも一際高く聳えたつ山。  そこに威容を誇る白亜の城。  山々の中腹を覆う雲。  これらの風景が一瞬現れたかと思うと、また直ぐに闇に消えた。  雷鳴が轟き、いくつもの谺が山々を駆け巡る。  ぽつり、ぽつりと小さな銀色の粒が空から降り出した。  それはまた、次第に量を増していった。 「……降りだしたようだな」深紅の液体の入ったグラスを片手で弄びながら、男はこの風景を見ていた。白亜の城の一室から――  薄暗い落ち着いた照明のおかげで、窓から少し透けて外の景色が伺える。  また足下から天井まで続く巨大な窓は、半ば鏡となってこの男の姿をも写していた。  亜麻色の髪。絶大な自信と野望を奥に秘めた瞳。整った顔立ち。  無駄なく鍛えぬかれた筋肉で覆われた身体。  まさに英雄譚に出てくる美貌の騎士といった姿である。しかし、そのスマートな肉体は彼がまだ若者と呼ぶに相応しい年齢であることを語っていた。  その若者は窓際に立って、自然のきまぐれなふるまいを眺めていた。 「陛下、今日は一足早くエナジールのものが手に入りました。なんでも斥侯が海岸で拾ったとか……」部屋の奥にある美しい彫刻の彫られている扉の向こうから、礼儀正しい声が報告した。 「――うむ、それにしよう。前祝いだ」若者は顔を窓に向けたまま告げた。「持って来てくれ」  かしこまりました、と答えて扉の向こうの人物が遠ざかる気配がする。  しばらくして――若者が雷鳴を十五ほど聞いた後――再び扉の向こうから声がした。 「連れて参りました。薬を嗅がせておりますゆえ、私はこれにて――」 「うむ、御苦労。下がってよい」御用がありましたら呼び鈴を、という返事を聞き、今度はその声が持って来たものに声を掛けた。入れ、と。  ギィー――  軋みながら、人の背丈の二倍はありそうな巨大な扉が、ちょうど大人一人分通れるだけ開いた。  扉の向うに立つのは、若い女性。  彼女は、ゆっくりと部屋に入った。軽く彼女が触れると、扉は音を立てながら、ゆっくりと閉まっていく。  女の動きはそこで止まった。  その娘は、まるで人形のようだ。  緑の目はこの世のものを見ていなかった。簡素な白い貫頭衣――とは言え材質は何か上等な絹のようなもので織られた――を着ている。顔には薄く化粧がされており、両耳にも  紫色に輝くイヤリングも付けている。 「いつまでそこに立っているつもりだ。こっちへ来たまえ」若者が命じた。 「……はい」微動だにしなかった娘は、ゆっくりと歩き出した。分厚い絨緞が敷き詰められた床で、足音はしない。  ――カッ。  夜空がきらめいた。瞬く間に辺りに闇が降りて来る。  若者は、娘の姿を目に止めた。窓越しに見た若者にも、彼女の様子が見て取れた。美女というより若い娘独特の素朴な感じを受ける。  娘は若者から少し離れた所で止まった。 「名はなんと言う?」窓の外を眺めたまま、グラスをぐいと傾けてから、若者は尋ねた。「私は――。私の…名は……オリア…ンナ」娘がたどたどしく答えた。  ――カッ。  雷鳴に一呼吸遅れて、再び闇夜が光った。  その光に生命を与えられた人形のように、娘の目に意志の色が戻った。雷の残光がまだ網膜に焼き付いている間に、娘は素早く跳躍した。手に鋭い髪飾りを持ち、こちらに背を向けている若者に向かって――。娘は自分の任務の成功を確信した。  次の瞬間、娘の動きは止まった。 「そ……そんな!」娘は髪飾りを構える両腕を、若者の左手で止められていたのだ。髪飾りは若者の胸から三こぶしほど離れた空中で、停止していた。  若者の右手には、しっかりとグラスが握られたままだ。 「愚かな……」若者は嘲笑した。娘の両腕を抑える左腕に、力が篭もる。「お前らごとき人間に、この私は殺せぬよ……」  雷鳴が白亜の城を揺らした。娘の右手から、ゆっくりと髪飾りが抜けていく。 「くっ…」娘の額に大粒の汗が浮き上がる。だめだ、とばかりに娘は力の掛ける方向を変えた。渾身の力で若者の左手から逃れようとする。  髪飾りが娘の握りこぶしの中から完全に抜け出た瞬間、娘も後方に投げ出された。  音もなく髪飾りが立派な絨緞の上に落ちた。 「いい加減にしたらどうだ…?君には勝ち目はない」素早く起き上がって身構えた娘を一瞥して、若者は言った。「どこの国の回し者かね?」 「いつまでの自分の天下が続くと思うなよ、レジェンスIV世!」娘が叫んだ。「――スクリアに平和を!」  娘はゆっくりと崩れ落ちた。顔から少しずつ生気の色が失われていく。  レジェンスIV世と呼ばれた若者は、倒れている娘に近付いた。「――さすがに毒の回りが遅いようだな。従順の薬が効かなかっただけのことはある」  娘の唇が微かに動いた。なにか批判をしているらしい。レジェンスIV世は、倒れている娘の目の前の絨緞に、グラスの中の液体をこぼした。薄赤の絨緞が深紅に染まっていく。 やがて娘が完全に動かなくなったのを見届けてから、レジェンスIV世は傍のベットの枕元にあった呼び鈴を鳴らした。それから部屋にある燭台全てに火を灯す。 「お呼びでございますか?」レジェンスIV世が部屋を明るくし終わった時、ドア越しにさっきと同じ人物の声がした。 「ああ。今日のは随分と楽しませてもらったよ。……とんだ娘だったからな」 「――申しわけありません」レジェンスIV世が何を言わんとしているのか、音程の変化で敏感に嗅ぎ取ったその声は、丁寧だが簡単に謝った。「まさか今のクーン王国が斥侯を出しているなどとは思いも致しませんで……」 「いや、違うな」レジェンスIV世はその声の説明を否定した。「クーンがそれほど特殊部隊に力を入れるとは思えん。――毒に対する抵抗力を完璧にするほどな」 「もしやギルド筋が……」少し不安を含みながら、その声は呟いた。 「その可能性はある。しかし、最後の言葉からすると、やはり――」 「――プラルトの手の者だとおっしゃりたいのですか?」そんな馬鹿なことはない、という口調で、声はレジェンスIV世の胸中を代弁した。  もうよい、と自分の命を狙った娘に関する会話を打ち切ってから、レジェンスIV世は尋ねた。「先程のお前の発言からすると、計画は巧く進んでいるようだな?」 「は、はい。陛下の雇われたプラルト黒衣団の者共は、現在順調に工作を進めているとのことです。――事を起こすのは、間もなくかと……」  そうか、と短く答えを返してから、娘を下げてくれとその声に命令した。それからレジェンスIV世は、目に止めた部屋の隅にある机へと近付いた。  そこには『スクリア大陸全図』と題された地図が広げられていた。  大陸のほぼ中央部を占める巨大な山脈、その北側に広がる豊かな大地、そのさらに北、大陸最北部の半島を覆う砂漠――。それぞれに『オブルート山脈』『ニトルシア連合王国国』『プラルト』などといった言葉がスクリアの大陸公用語で書き込まれている。  アルグやターシャのいた村、ラバードも、村を表すマークと共に、『ニトルシア』と山脈の東北、東南に位置する『エナジール』、『クーン』との国境線近くに小さく書かれている。  大陸を四方を囲む海。しかし、地図の右端に陸地らしきものも一部顔を出している。スクリアから帆船で一週間ほどの距離だろう。良く晴れた日ならば、海岸から水平線に薄く見えるかもしれない。そこには小さく『アマルティア大陸』と記されている。  レジェンスIV世は、その地図の右端にある陸地の一部、そのさらに右の羊皮紙の端に目をやった。『アマルティア大陸南西部』と書かれたその地図は、ほぼ一面が真っ赤に塗り潰されていた。そこから元の左の地図にいき、海峡を越えてスクリアの『クーン』『エナジール』『ニトルシア』『プラルト』と順に眺めていく。  レジェンスIV世は眺め飽きると、自分の身体に突き刺さる筈だった髪飾りを拾った。先端――毒でも塗ったのだろう――が鈍く光っている。  ふっ、プラルトか……、とレジェンスIV世は鼻で笑った。  レジェンスIV世は、髪飾りを投げた。円弧を描いて地図に突き刺さる。『クーン王国』の首都、『王城カリトゥス』のマークの所に。  ――雷鳴はしだいに遠のいていった。 (以下省略) ----- -------- AUTHOR: midorikawa TITLE: CATEGORY: 第3章 類は友を呼ぶ STATUS: publish CONVERT BREAKS: 1 DATE: 01/07/2010 13:00:00 ----- BODY:     1 「陛下、お喜びください。ついにやりましたぞ!」  侍従の一人が、息を切らせながら部屋に跳び込んだ。入室の許可を受けるのを忘れるほど慌てている。  肝心の『陛下』の方は、実に対照的に落ち着き払っていた。机に向かった姿勢のまま、  ちらりと騒音の主に目をやる。 「そうか……」  一言そう呟くと、侍従に下がるように申しつけた。予想だにしない反応を受けた侍従 は、不満気な表情を浮かべながらも大人しく引き下がった。扉がゆっくりと閉められる。「――やっとクーンが陥ちたか」他人事のように再び呟くと、インク瓶にペンを浸ける。 侍従が去った後に残されたものは、静寂。現れる前と同じである。  『陛下』は、その中で仕事をしていた。書類への署名――ごく単調な仕事だが、それは同時に重要な仕事であった。占領下での市場開設の承認、最後まで抵抗した騎士団全員の斬首、兵士の募集要項の確認、余剰軍事品の放出許可、新しい城主の任命――。一見してくだらないものから、時には何百人の首が飛ぶものまで、『陛下』は眉一つ潜めることなく作業を続けた。  ――ふと、『陛下』は単調な作業に従事する手を止めた。しかし、視線は依然として書類の上で静止している。  『至急』と、その書類の表紙に朱で記されている。それに『機密』の二文字も―― 「『戦時王国令第303号――スクリア大陸攻略作戦』……ようやく発動出来そうだな」 『陛下』は口の端を少し歪めると、その分厚い書類をめくった。全部で数百ページに及ぶ労作である。巻頭に著者の名前――小ハージェス王国蛇将軍エンクシュタト――が記され、続いて『敵状』、『攻略準備』、『作戦大綱』などと項目分けされている。  『陛下』は『敵状』と書かれた項目を選び、その中の数ページに目を通す。「ラバード――スクリア大陸ニトルシア王国所属の農村。委任統治者シュティルナー・ナルセン、人口二百の小さな村……」ラバードの村についてだけでも、『戦力に成り得る人数』、『軍事的有用性』、『自国王に対する忠誠度』などの説明がこれに続く。『領主』の項には、しっかりと『忠誠度低、情勢次第で寝返る可能性大』などと書かれている。  『陛下』はこれらの緻密さに満足したのか、他の項目は全て飛ばし、最後のページに署名を行なった。  ――国王の名においてこの計画を発動する。小ハージェス王国国王、ヴァイテル・レジェンス・マノハイム・ラ・ネルピアIV世、と。  そしてペンを置き、呼び鈴を鳴らした。――待ちかねたように、隣室から素早く侍従が滑り込む。そして恭しく膝をつき、国王の言葉を待った。 「エンクシュタト将軍を呼べ。そして私のところへ来るように伝えろ」  レジェンスIV世に凛とした声で命ぜられた侍従は、再度深々と一礼した。そして部屋から出ようと扉に手をかける。その時、扉の反対側から入室の許可を求める声が上がった。侍従はその声を聞くと、レジェンスIV世に視線をちらりと向け、隣室に引く。  レジェンスIV世は執務机から離れて、来客との応対用の長椅子に座った。 「入れ」  かなりの重量がある扉が、まるで暖簾のように軽やかに開いた。そして全身を板金鎧で固めた戦士が、踝まで届こうかという絨緞に足を踏み入れる。戦士は兜を脇に抱え、膝と両手を付いて忠誠の意を示した。戦士は頭を垂れたまま報告した。 「陛下、執務の間とはいえ甲冑を身に纒いて入室する無礼は承知の上、一刻も早い報告をと思い参上しました」  レジェンスIV世は足を組み、葡萄酒の瓶と銀杯に手をやりながら横柄に頷いた。 「……まずは陛下に命ぜられた任、確実にやり遂げて参りました。反乱軍の拠点及び首謀者一味約二百五十、完全にこの世から抹殺しました」  レジェンスIV世は戦士に椅子とグラスを勧めると、二つの杯に赤紫の液体を注いだ。 「はっ」戦士は一度頭を下げると、レジェンスIV世と向き合う椅子に腰掛けた。「陛下御自らの杯、ありがたく頂戴致します」  そういって戦士は一気に杯を干した。レジェンスIV世はそんな戦士の飲みっぷりに感心したのか、ふっと笑みを漏した。そして自身は上品に杯を口にする。 「――それで、どうなのだエンクシュタト。うまく行きそうか?」 「はっ、既に大型船五百の手配を終えております。元来ウ・タントの港は海洋貿易の中心であります故、さほど手数は掛かりませんでした。が、一つだけ……」 「不満を漏している商人共には、ルナン地方の鉱山の採掘権をくれてやれ。それで充分だろう」  レジェンスIV世は、長椅子から手を伸ばして、執務机の上の分厚い書類を取った。 「エンクシュタト侯、よくやってくれた。私の要求した通りの出来栄えだ」もう一度書類をパラパラとめくる。「――明日、私はこれを発動させるだろう」  エンクシュタトは、はっと身を堅くした。わずかに鎧の金属の触れ合う音がする。 「総指揮は、無論エンクシュタト侯――そちに任せる」  エンクシュタトは、座ったまま黙礼した。 (以下省略) ----- -------- AUTHOR: midorikawa TITLE: %%あとがき「エピローグ」 CATEGORY: その他 STATUS: publish CONVERT BREAKS: 1 DATE: 01/08/2010 13:00:00 ----- BODY:  ――カーン、カーン、カーン。  時刻を報せる鐘が三回、締切った窓を通して微かに聞こえてきた。 「もう、そんな時間か……」  メフリヌが顔を上げた。文字ばかり見ていると、さすがに肩が凝ってくる。――メフリヌは机から立ち上がると、大きく伸びを一つした。小さな爽快感がメフリヌを満たす。  気を取り直して机に向かおうとすると、軽く扉をノックする音があった。入れ、とノックの主に命じる。宮廷書記官の一人が、畏まった礼をすると、持ってきた紙を読み上げ た。 「えー、スクリア連合防衛軍からの連絡が届きました。先日王弟アディ・ラ・ヴェルニーク侯が戦死なされたそうです。――心中お察し致します」書記官は深々と一礼した。「詳しい連絡はまだですが、今のところはこれだけです」  紙切れをメフリヌに渡すと、書記官は三度目の礼をして部屋から出て行った。  メフリヌは長椅子に身を投げだし、 「――そうか」  と深い溜息をついた。――アディはあの後、しばらく何事かを調べていたが、やがて長い手紙をメフリヌに送ってきた。そこには、自分の思い込みが多くの人に迷惑をかけた、とまず謝罪が書かれ、そして、メフリヌに対する羨望、それの隙をついた小ハージェスの工作、そしてメフリヌへの陰謀に至るまでの経過が綿密に書かれていた。そして最後に、メフリヌが決定した、上陸してきた小ハージェス軍に対する攻撃隊の派遣に、自分も加えて欲しいと嘆願してきた。  ――メフリヌに出来ることは、その願いを受け入れてやることだけだった。  メフリヌは紙切れに目を走らせた。  ――小ハージェス軍エンクシュタト侯率いる四万の大軍を奇襲攻撃した際、味方の優位を保つよう最後まで奮戦し、敵軍の中に孤立してしまったためと思われる。ここに、故人の武勇を称える。  メフリヌは紙切れを握り潰した。アディもレジェンスIV世と同じく、栄誉ある戦死を望んでいたのだろうか。イリアといい、アディといい、結局自分は何もしてやれなかった。――メフリヌは自分の非力さを呪った。  そしてふと、イリアと同じ快活さを備えた娘のことを思いだした。――窓際に歩み寄っって外を眺める。粉雪混じりの身を切るような風が、外で吹き荒れていた。窓枠にも白く積もっている。  ――ターシャは元気で旅を続けているだろうか。  春はまだ、当分やって来そうになかった。 ----- -------- AUTHOR: midorikawa TITLE: %%あとがき CATEGORY: その他 STATUS: publish CONVERT BREAKS: 1 DATE: 01/09/2010 13:00:00 ----- BODY:  皆様、お楽しみ頂けましたでしょうか? この小説は私の処女長編であり、第3回富士見ファンタジア大賞の最終選考まで残った思い出の作品です。締め切りまで時間がなく、残り2週間で慌てて書き上げたものです。初めての長編小説、初めての投稿で思いがけない結果を頂き、その後も何本かファンタジー小説を書き上げるきっかけとなりました。幻想の世界を作るためには、現実の世界を知らなければ、と、学校の授業で世界史を選択したり、英語以外のヨーロッパ系の言語の勉強をしようとしたのも、全ては小説のためでした。また、ファンタジーだけではなく、純文学風、ちょっと大人テイストのものから、流行の架空戦記まで何でも取り組んだ記憶があります。  長編小説の執筆は、どこか自分に向き合う作業に似てますね。いつも向こうの世界を「のぞかせて」頂く気持ちで筆を取っています。主人公達の行動や喜怒哀楽に、自分の思いを重ね合わせつつ原稿用紙に向かう日々……実際は筆じゃなくてキーボード叩いて画面とのにらめっこですが(笑)。プリンタが今はなきドットインパクトで、シートフィーダーが壊れていたのか、手ざしで何百枚も紙を差替え、自分の作品を印刷するだけで2時間以上かかったのも、今や懐かしい思い出です。  今回、時を経て初の出版となりましたが、次回作にも是非ご期待下さい!     緑川 新一郎 ----- -------- AUTHOR: midorikawa TITLE: %%著者紹介「緑川新一郎」 CATEGORY: その他 STATUS: publish CONVERT BREAKS: 1 DATE: 01/10/2010 13:00:00 ----- BODY: (みどりかわ・しんいちろう) 1974年生まれ。現在東京都の私立高校に在学中。 1985年 『弟』小学館児童作文コンクール入選(笑) 1992年度『彷徨』学内研究発表誌「論集」に投稿 本格的に小説を書き始めたのは1992年冬より -----